台湾の証券市場の歴史において重大なスキャンダルとなった「大同(タートン)公司株価操縦事件」は、2024年に最高法院で主犯の鄭文逸に対して懲役13年6ヶ月の実刑判決が確定し、鄭被告は同年7月に入監した。しかし、司法により決着したはずのこの重大金融犯罪が、2026年6月、監察委員の高涌誠(こう・ゆうせい)氏、林郁容氏、葉宜津氏らによる異例の調査報告書の発表により、再び社会的な議論を巻き起こすこととなった。監委らは「手続き上の瑕疵」を理由に、司法機関に鄭被告の「平反(名誉回復・再審)」を求めている。
この「大同株価操縦事件」の全貌と、鄭被告がいかなる手口で株価を操ったのか、そしてなぜ監察院の介入が激しい反発を招いているのかを解説する。
1. 経営権取得を狙い、中国資本と結託して株価を吊り上げる
老舗家電・重電メーカーである大同公司は、台湾国内に膨大な土地資産を所有しており、長年にわたり「市場派(買収側)」と「公司派(現経営陣)」の経営権争いの標的となっていた。
2016年5月、両岸(中台)を行き来する台商の大物である鄭文逸(新東普公司董事長)は、2017年の大同株主総会における取締役改選を見据え、経営権争奪に参入すれば莫大な利益が得られると踏んだ。しかし、自己資金が不足していた鄭被告は、中国大陸の不動産開発会社「龍峰集団」の任国強会長ら中国資本と結託し、数十億台湾ドルもの巨額資金を調達した。
鄭被告は、自身が実質的に支配する企業の口座に加え、秘書や親族、さらには中国側から提供された数十におよぶダミー口座(人頭口座)を駆使し、大同株の大量買い付けを開始した。
2. 犯罪手口の分析:自作自演の取引で市場の活況を偽装
裁判所の判決書によると、鄭被告らの株価操縦の手口は以下の通りきわめて悪質なものであった。
- 連続の高値買い注文:2016年9月から2017年3月までのわずか半年の間に、複数のダミー口座を使い、「市場価格より高い価格」で連続して大同株の買い注文を入れ、株価を強制的に引き上げた。
- 仮装売買(マッチング・トレード):自らが管理する複数の口座間で、同一時間・同一価格での売買(左手から右手への移動)を頻繁に繰り返し、大同株が市場で非常に活発に取引され、投資家から追われているかのような「偽りの取引状況」を演出して一般投資家を誘い込んだ。
- 株価の急騰:これにより、当初1株あたり約 5.48台湾ドルだった大同株は、最高 20.65台湾ドルまで急騰し、約3倍の暴騰を記録した。
- 売り抜けによる暴利(約11億ドルの利益):株価がピークに達した段階で、鄭被告らは一斉に株を売り抜けて現金化した。当局に凍結された中国資本分を除き、鄭被告個人の取り分だけで 11億1400万台湾ドル余り(約50億円)の不正利益を上げた。
この株価操縦は台湾の証券市場の秩序を著しく乱し、多くの一般散開投資家(散戸)に多大な損失を与えた。
3. 司法判決の経緯:三審すべてで懲役13年半の重刑が支持
捜査機関の介入後、台北地方検察署は2018年に証券取引法違反(相場操縦罪)で鄭被告らを起訴した。
- 一審判決(2020年8月):台北地方法院は、鄭被告が中国資本と結託して株価を操縦した犯罪行為は極めて重大であり、反省の色も見られないとして、懲役13年6ヶ月の重刑を言い渡した。
- 二審判決(2023年):台湾高等法院は原判決を支持。自己の利益のために外国(中国)の資金を導入し、国内企業の株価を歪めたことは市場の公平性を破壊したと糾弾した。
- 三審確定(2024年):最高法院は鄭被告側の上訴を棄却し、懲役13年6ヶ月の実刑判決が確定。鄭被告は同年7月に刑務所に収監された。
4. 2026年の監察院「平反」介入への怒り:特権階級の駆け込み寺となった国家機関
すでに服刑中の鄭被告に対し、2026年6月12日、蔡英文前総統に指名された監察委員の高涌誠氏や林郁容氏(親緑・英系)、葉宜津氏らが急遽記者会見を開き、「判決プロセスに瑕疵がある」として司法機関に鄭被告の救済(平反)を求める報告書を発表した。
この動きに対し、法曹界や世論からは即座に「極めて醜悪な利益相反がある」として激しい批判が沸き起こった。
- 諮詢された専門家が「被告の身内」:監委が公正な専門家として諮詢したとする陳世淙(翁茂鍾事件で失脚した最高法院元庭長)、呉燦(元最高法院院長)、劉連煜の3名は、それぞれ鄭被告の代理人弁護士、鄭被告の弁護士の実父、公判で鄭被告側から依頼され意見書を書いた学者であることが暴露された。
- 監察委員と被告の弁護士が同一団体の理事:調査の中心である高涌誠監委は「司法微光基金会」の理事を務めているが、同基金会の錢建榮理事長は、鄭被告のために憲法訴訟(違憲審査)を申し立てているまさにその弁護士であった。
身内で固められた調査報告書は完全に信用を失い、「監察院は、特定の富豪や司法権力と結託し、確定判決をも覆そうとする『裏口』の政治ツールに成り下がったのか」という強い非難を浴びている。大同株価操縦事件は、単なる経済犯罪を超え、台湾における権力分立と司法の独立、そして監察院の存廃問題を問う最悪の事例となっている。
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