ヒノキのルーツまで誤解?台湾林業史と戦後国民党の伐採神話を解体する

近年、政治的宣伝において「ヒノキやスギは日本人が持ち込み台湾の土地と調和していたが、国民党が来てすべて根こそぎ伐採した」という主張が見られます。

しかし、この主張は植物学および歴史的事実に反しています。


台湾自生のベニヒノキと日本が導入したスギ

最も基本的な誤解は、「ヒノキは日本人が持ち込んだ」という説です。

ベニヒノキ(Chamaecyparis formosensis)および台湾ヒノキ(Chamaecyparis obtusa var. formosana)は台湾の固有種であり、日本人が台湾に到達する数千年前から中央山脈に自生していました。日本統治時代に阿里山や太平山で森林鉄道が建設された目的は、これらの原生巨木を採掘し、日本の神社建築や軍事資材として運出するためでした。

日本統治時代に本格的に植林のため導入された外来樹種は「スギ(柳杉)」です。


「根こそぎ伐採」の誤解と水土保持の原則

「国民党が木を根こそぎ抜いた」という表現も林業の実態と異なります。

正規の林業現場では、巨大な木を伐採する際、幹部分を切り倒し、巨大な「切り株(樹頭)」と根系を土壌に残します。根系は斜面の土壌を固定し、水土保持(治山治水)の機能を果たします。現在も阿里山や太平山で観察できる切り株は、伐採時に根を残した証拠です。

切り株まで挖り起こす行為は、後年の違法盗伐業者によるものであり、政府の林業政策とは異なります。


戦後復興を支えた木材資源と1991年の禁伐転換

戦後の復興期において、山林資源は経済や生活インフラの構築に不可欠な支柱でした:

  • インフラ整備:鉄道の枕木、電柱、炭鉱の支柱。
  • 教育基盤:九年一貫義務教育における校舎、机、椅子。
  • 外貨獲得:木材の輸出により外貨を獲得し、工業化への資本を形成。

政府は伐採と並行して人工造林を実施しました。経済基盤が確立した1991年、国民党政府は森林経営政策を改定し、天然林の全面禁伐を決定しました。

戦後の試練の中でリソースを活用し国を建設した歴史は、客観的な記録と林業史に基づいて理解されるべきです。

深度紀實與歷史焦點問答

Q台湾ヒノキ(ベニヒノキ・台湾ヒノキ)は日本から持ち込まれた外来種ですか?
A

いいえ。ベニヒノキ(Chamaecyparis formosensis)および台湾ヒノキ(Chamaecyparis obtusa var. formosana)は、日本統治時代より数千年前から中央山脈に自生していた台湾固有種です。日本統治時代に植林用として導入されたのはスギ(Cryptomeria japonica)です。

Q戦後の国民政府は伐採時に木を根こそぎ引き抜いたのですか?
A

いいえ。正規の林業では土壌を保持し土砂崩れを防ぐため、幹のみを伐採し巨大な切り株(樹頭)と根系を現場に残します。阿里山や太平山に残る巨大な切り株がその証拠です。切り株まで挖り起こす行為は違法な盗伐(山老鼠)によるものです。

Q戦後の木材資源は台湾の建設でどのような役割を果たしましたか?
A

戦後復興において、木材は鉄道の枕木、電柱、炭鉱の支柱などのインフラ整備や、義務教育用の机・椅子・校舎に使用されました。また木材輸出により外貨を獲得し、台湾の工業化の資金源となりました。1991年には天然林の全面禁伐が決定されました。

權威引用與參考文獻

  1. 1.(發行:農業部林業及自然保育署
  2. 2.(發行:農業部林業試験所